2008年9月28日日曜日

9/28 Today ルイ・パスツール が死ぬ(1895)

パストゥールが死んだ日:
ルイ・パスツール - Wikipedia: "ルイ・パスツール(Louis Pasteur, 1822年12月27日 - 1895年9月28日、パストゥールとも)は、フランスの生化学者、細菌学者。「科学には国境はないが、科学者には祖国がある」という言葉でも知られる。
ロベルト・コッホとともに、「近代細菌学の開祖」とされる。
分子の光学異性体を発見。牛乳、ワイン、ビールの腐敗を防ぐ低温殺菌法(パストリゼーション)を開発。またワクチンの予防接種という方法を開発し、狂犬病ワクチン、ニワトリコレラワクチンを発明している。"
写真を見ると、実にいい顔をしている。

それほど成績優秀という学生でもなかったようだ:
ルイ・パスツールはフランス、ジュラ地方のドールで皮なめし職人の息子として生まれた。1843年にパリの高等師範学校(エコール・ノルマル・シュペリウール)に入学し、1846年に博士号を取得した。化学を専攻したが、初めは才能がみられず、指導した教授の一人は彼を「平凡である」(日本的には「普通」の評価。5段階で3くらい)と評した。
とある。まあ「エコール・ノルマル」に入学しているのだがら大秀才には間違いがない。

おいらが安全な牛乳を毎日飲めるのもパストゥールのおかげ。感謝しなくては。

2008年9月27日土曜日

NHKドラマ「上海タイフーン」は面白い!

これ、結構楽しめる:
上海タイフーン | NHK 土曜ドラマ
要は、女性版「サクセス・ストーリー」だが、舞台が上海と言うところがミソ。

わがニッポンでは、もう「サクセス・ストーリー」が成り立たなくなっているようだ。テレビドラマも、チマチマした「地位もお金もないけれど、これでよかったね」というお話しばかり。

わがニッポンでは、社会的成功は、親が誰か次第で決まる。政治家が二代目・三代目ばかりなのは言うに及ばず、もてはやされている「自然のなかでのスローライフ(農業)」も親が農民でなければ出来ない世襲制の特権的職業。漁師もそうで、親が漁師でなければ漁師には成れない。教員ですら大分県の例でみるように親次第らしい。社会全体が既得権で膠のようにべとついている。

やる気のある若者が成功を収めるという「サクセス・ストーリー」をドラマ化しようと思えば舞台を日本ではなく上海に移すしかなかったのである。悲しいことである。

女主人公(木村多江)が印象的。近頃めずらしい「弥生顔」だ。ニッポンの女、ガンバレ!

山中湖:ブラックバス(1トン)放流

放流したらしい:
- 山中湖漁業協同組合 - 放流情報: "日付 放流魚 放流量 放流地区
2008年9月24日 オオクチバス 約1000kg 山中・平野・旭ヶ丘地区"
週明けから行こう!

たくさん釣れているらしい:

http://d.hatena.ne.jp/center-field/20080926

9/27 Today 世界観光の日……日本一の「観光地」はどこ?

今日は「観光」の日だとのこと:
9月27日 今日は何の日〜毎日が記念日〜: "世界観光の日 世界観光機関(WTO)が制定。 WTO加盟各国で、観光推進のための活動が行われる。"
ところがニッポンにはなかなか観光客が来ない。国内各地では、お城を造ったり、一億円の金塊を展示したり、いろいろ観光客を引き寄せようと努力がなされているが、何れも大した結果を生んでいない。なぜか。

やはりそういうことは博覧強記の人に聞くのがよさそうだ。京都国立博物館長だった興膳宏氏は以前(2004.4.25)日経新聞にこう言うことを書かれた:

「観光」の語は、『易経』に始めて見える。「国の光を観る。用て王に賓たるに利あり」とあるのがそれである。「国の光を観る」とは、国の盛んな繁栄の様を観察するということ。そうした輝かしさにあこがれて、多くの人々が国王の賓客になろうとする。

首相は新年の施政方針演説で、外国人を対象とした「観光立国」の政策を推進すると述べた。それはよいが、そのためには国が応援団ではなく、当事者であるとの立場をよほど自覚してもらう必要がある。

「儲けてやろう」という下心みえみえの「観光誘致活動」は、やはり成功しないのである。「光」がないところに「観光客」は寄りつかない。急ごしらえの「お城」や「一億円金塊」で観光客を集めようとするより、真面目に本業を営む方がいい。これが「光」を生み、結果として「観光客」を呼び寄せることになる。

ちなみに、日本で一番外国人観光客を呼び寄せるところはどこか? 回答はここ↓
なぞなぞ「外国人観光客が一番訪れる日本の“観光地”はど〜こだ?」

答は「新宿」。『観光地』にはやっぱり『光』が欠かせない。ネオンでもいいのだ。

2008年9月26日金曜日

「鬼毛(シュロ)のほうきが一本数万円もしたのにはビックリ」(佐光紀子)

今晩の日経夕刊「温故知新のエコライフ」コラム。エコ人間は自己満足が強くて嫌いなのだが、佐光紀子はいいことを言っている:
鬼毛のほうき(シュロの木のかたい毛で作られたほうき。油分を豊富に含むため、掃きこむうちに床につやが出るといわれる高級品)が一本数万円もしたのにはビックリ。(これでは)普段から使う道具としての需要は減らします。
昨今のニッポンの農林水産業には、一個10万円のメロンやマンゴー、また一匹数千円のブランド・サバなどを、アホな消費者を騙して売り付けることこそ市場主義だとする思いこみのぶんだくり商売が目立つ。健全な風潮だとはとても思えない。

今晩の日経:
フグの初競り。下関市の南風泊(はえどまり)市場での天然ドラフグの初競り。一キロあたりの最高値は昨年より6000円高い一万6千円だった。
世界的な不況で世界のみんながどんどん貧乏になっているのに、ニッポン人だけが鈍感なのか、消費者は農村漁村の既得権者の宣伝に乗せられて無意味な束の間の贅沢に貴重なお金を浪費している。世界が冬になっていくのに気がつかず、歌い踊り続けているコオロギのようだ。冬になるとコオロギは死に絶えるのである。原作のイソップでは、アリはコオロギを決して助けないということを忘れてはいけない。

9/26 Today 小泉八雲忌(1904)

小泉八雲 - Wikipedia: "小泉 八雲(こいずみ やくも、 1850年6月27日 - 1904年9月26日)は、新聞記者(探訪記者)・紀行文作家・随筆家・小説家・日本研究家。"
1904年9月26日、狭心症のために亡くなる。

小泉八雲といえば、松江の記念館が有名。まるで松江の郷土の名士みたな扱いだが、小泉八雲が松江にいたのは一年ちょっとにしかすぎない。1890年8月に松江に赴任、年末小泉セツと結婚、翌年の11月には熊本第五高等学校に転任している。松江の冬があまりにも寒く、日本家屋は耐寒構造になっていないので小泉は寒さに辛抱できず、とにかく暖かいところに引っ越したいと言ったそうだ。

1896年からは死ぬまで東京で暮らしている。余丁町に隣接する市谷富久町にずっと住んだが、隣のお寺(瘤寺)の木が勝手に切り倒されたことに腹を立てて大久保二丁目に引っ越し、そこでその年に亡くなった。お墓は雑司ヶ谷にある。

クレオール料理の研究家としても知られる。これは知らなかったでしょう。

論より証拠:

ラフカディオ・ハーン 没後100年、ハーンとクレオール文化


日本じゃクレオール料理は食えなかった(だろうと思う)。自分で作ろうにも、外国食材は簡単には輸入できなかった。晩年のハーンが妙に怒りっぽくなったのはこのせいか。食い物の恨みはこわいのである。

現在でも、検疫とかいろいろ強引な理由付けをして(実際は国内農家の保護のために)輸入禁止になっている外国食材は無数にある。スペインの最高級生ハム(ハモン・セラーノ)をおみやげに持ち込もうとして成田で没収され、怒り心頭に発した外国の若者を知っている。観光立国を考えるなら、こんなことから直していかねばならないのではないか。

中山成彬国交相「名言」を連発……撤回することもなかったのでは?

NIKKEI NET(日経ネット):中山国交相:「日教組強いところは学力低い」: "「成田空港は(農民の)ごね得というか、戦後教育が悪かった。自分さえよければという風潮の中で、なかなか拡張もできなかったのは残念」と述べた。"
紙面では他にも「日本は内向きな単一民族。まず心を開かねばならない」とかいいことを言っている。発言後に撤回したとのことだが、意気地のない男だ。

こういう発言を捉えてヒステリーを起こすマスコミの方が問題じゃないか。ニッポンは言論統制の国か。

2008年9月25日木曜日

小泉元首相の引退表明……そもそも「改革」を中途で投げ出すべきではなかった!

こいつはショックなニュース:
asahi.com:小泉元首相、今期限りで引退 次期衆院選には出馬せず - 政治
なんともいい加減だ。散人の恐れていたこと。数日前にこんなことを書いたばかりだった:
Letter from Yochomachi (Blogger): 9/12 Today マラトンの戦い (BC489)……奇しくも小泉自民大勝利の日(2005): "このマラトンの戦いの日に、小泉自民党も「われ勝てり」と言うことになった(2005年の郵政民営化選挙)。ご同慶の至りであったが、なんのための勝利かということが重要。戦争だったら勝ってしまえばそれで終わりだが、選挙は兵隊数の決定にしか過ぎない。増えた兵隊を使って、弱った敵を徹底的にやっつける本当の戦争目的を貫徹すべきであった。しかしご存じの通り、小泉改革は中途半端に終わり、続く安倍、福田には全くやる気がなく、大っぴらなサボタージュが続いた。小泉純一郎は、マラトンの戦いでの兵士ペイディピアデスのように、「われ勝てり」と叫んで息絶えてしまったのであった。"
改革が自分の信念であったなら、ボロボロになるまでその信念を押し通すべきではなかったのか。

大将が勝手に戦列を離脱したおかげで、ニッポンでは既得権集団が「我が世の春」を迎えている。あくどいバラマキ型の利益誘導は今や大っぴらに行われている。マスコミや一般国民はそれを抑えるどころか「格差是正」のスローガンに大合唱することで、知らない間に今までたらふく食って肥え太った自称弱者の利権集団が更に己の私欲を追求することを応援している。イナカ利権集団と一貫してその宣伝塔であったNHKの「我勝てり高笑い」が鳴り響いているようだ。

この大将(純一郎)はもともと自分の美意識だけが大切でニッポンのことなんか考えていなかったのではないか。それともニッポンの利権集団のあまりの強大さに早々と戦いを継続する戦意を消失したのか。

いずれにせよ、日本はいわゆる「ニッポン」のまま継続することになった。とてもよかったと思う人が多いのは、日本のためにとても残念である。

9/25 Today 日比谷松本楼ではカレーが「10円」


今年も恒例の「10円カレー」チャリティーが開かれる:

日比谷の秋の風物詩、10円カレーチャリティは9月25日(火)です。

松本楼の歴史がHPに乗っている。興味深い:

森のレストラン日比谷松本楼

松本楼の創業者は、孫文の中国革命の大義に共鳴し、現在価格にして数兆円の寄付をしたという。時代が違うと言えばそれまでだが、いろいろ考えさせられる。

2008年9月24日水曜日

NHK BShi:ハイビジョン特集「不思議の海 東京湾~大都会と自然がつくる世界~」

これ面白かった:
NHK 番組表: "沿岸流域に約3000万人が暮らす大都会の海、東京湾。その水面下には驚くほど多くの生き物たちの営みがある。番組では、年々変ぼうを続ける湾内で、コンクリートの人工物を巧みに利用する形でしたたかに生きる魚の姿などを紹介。最新潜水撮影技術を駆使した映像などを通じて、“東京湾の素顔”をダイナミックに紹介する。"
東京湾のスズキの水揚げ量は全国一だという(全国シェア30%)。海中の人口構造物や工場排水口に大量の東南アジア原産の外来種ミドリイガイが繁殖し、それにエビが付き、それを食うスズキが大量に集まってくる。まさに豊穣の海だ。

スズキは、高級魚の鯛と同じく白身魚でありながら、安価でうまい。「地産地消」とかいって高いものを食うばかりでは能がない(財布がもたない)。鮨屋ではすべからくスズキを注文しよう。

スズキはシーバスと言うようにブラックバスと同じようなもの。環境攘夷論者が外来種だとしてブラックバスをいじめ抜いて殺戮しつくしてしまわなかったなら、全国の湖沼は「豊穣の湖」となっていたのである。とても残念。

お台場の海底で、捨てられた空き缶を巣にして育つメバルの稚魚の姿が印象的だった。人間とお魚は、そのままのかたちで共存共栄できるのだ。何でもかんでも太古の昔の戻ればいいというものではないということを、実感。

地球温暖化も同じことではないのか?

9/24 Today 西郷隆盛、城山にて自刃 (1877)

明治10(1877)年9月24日、西郷隆盛は城山で自刃。51歳だった:
西郷隆盛 - Wikipedia: "西郷 隆盛(さいごう たかもり、本名:隆永(たかなが)、文政10年12月7日(1828年1月23日) - 明治10年(1877年)9月24日)は、日本の武士(薩摩藩)、軍人、政治家。"
摩藩の盟友大久保利通、長州藩の木戸孝允(桂小五郎)と並び「維新の三傑」と称されるエライ人。その偉さは器量が小さい凡人にはよく理解できないという。

散人も器量が小さいためか、西郷隆盛の偉さがどうもよく理解できないでいる。征韓論を唱えたり、勝算のなさそうな内乱を起こしたり……青年将校に担ぎ上げられ、空気に振り回されてしまった昭和の帝国陸軍の幹部を思い起こしてしまう。

でもあまり悪口を言うとこういうことになるそうだ:

西郷隆盛 - Wikipedia: "NHKの世論調査で、今でも西郷は鹿児島県人に人気が絶大に高く、年長者になるほど神格化されているほど。県民性の本では「鹿児島県人に、西郷と黒豚の悪口を言ったら、生麦事件のイギリス人みたいな目にあう」とまで書かれている。"
くわばらくわばら。

ところで、竹橋の公文書館でこのときの現地からの報告電報の原本を見たことがあるが、明治維新から十年にして鹿児島から東京まで電信用に電線が引かれていた事実には驚いた。近代国家の基盤は通信網にあると見抜いていた大久保利通らの明治政府はやっぱり偉かったのだ。

でも景観には全く配慮しなかったことが、現在まで尾を引いている。明治時代は電信柱と電線の時代でもあった。やたらにあらゆるところに電線を張り巡らした。都市景観は著しく醜いものとなり、永井荷風や夏目漱石を絶望させた。

「秋暑未去らず。終日筆硯に親しむ」、永井荷風『断腸亭日乗』大正9年9月24日の記述。この数日、平成の東京ではようやく蒸し暑さが去って過ごしやすい。「秋暑ようやく去る」と言うところか。

2008年9月23日火曜日

トップページでのエントリー表示件数とラベルの編集

なんかページが重そうなのでトップページで表示されるエントリーの数やサイドバー項目を少なくした。ついでにラベルのお掃除。

ラベルの編集方法については、ここ:

http://help.blogger.com/bin/answer.py?hl=jp&answer=50644

知らなかった。

iBlog でラベル(カテゴリー)をいじるには一大決心が必要だったことに比べると、Blogger は実に簡単で便利。

2008年9月22日月曜日

NIKKEI NET(日経ネット):ゴールドマンとモルガン、銀行持ち株会社に FRB承認

NIKKEI NET(日経ネット):ゴールドマンとモルガン、銀行持ち株会社に FRB承認: "ワシントン=米山雄介】米連邦準備理事会(FRB)は21日、米証券1位ゴールドマン・サックスと同2位モルガン・スタンレーの銀行持ち株会社化を承認したと発表した。FRBによる資金供給を容易にするとともに、預金業務参入で資金繰りを支援する。2大証券を金融再編の核とする狙いもありそうだ。"
感慨無量。

大恐慌以来の「グラス・スティーガル法」がいよいよ名実ともに終焉を迎えた。災い転じて奇貨となす。これはとてもいいことだと思う。既得権絡みのむつかしい理屈には興味がない。でも利用者(国民)にとっての利便性が高まる。それ以上の理屈は必要ではない。

ニッポンは遅れてはいないか?

「事故米は悲しからずや……」(日経「波音」コラム)

今日の日経夕刊「波音」コラムニスト義子の名句:
事故米はかなしからずや工業用加工用にも染まずただよふ
「外国で育ったぴかぴかの白米が船に揺られて、はるばる瑞穂の国までやって来たのに……嫌われものに。主食を粗末にする国は滅びるぞ」とコラムを結ぶ。名コラムだ。

おりしもこんなニュース:
NIKKEI NET(日経ネット)「事故米」対策、政府在庫を廃棄 収入減企業に支援検討: "「事故米」対策、政府在庫を廃棄 収入減企業に支援検討 政府は22日、農薬などに汚染された「事故米」の不正転売問題の対策をまとめ、公表した。政府が在庫として抱え、民間に売却していない事故米については水ぬれなどを除いて販売をやめ、廃棄する。基準を超える農薬やカビが見つかった輸入米や政府在庫の国産米は返品したり、焼却したりする。 (13:40)"
農民の利益代表である農水省はミニマムアクセス米は全部焼却したいというのが本音だから、今回の「事件」は、まさに「渡りに船」。マスコミを利用して消費者大衆の恐怖心を最大限に煽り、輸入米は何でもかんでも危ない「事故米」だと勝手に認定し焼却処分し、国産米を高く売ろうという腹だろう。コストを払うのはわれわれ納税者だ。

そんなことより、あいつらが目をつぶって流通させているカドミウムまみれの国産米の方がよほど危険じゃないのか?

「主食を粗末にする国は滅びる」とは、まさに名言。自分の身内の利益しか考えず「食」を粗末にするニッポンの農水族には未来はない。

事故米混入の「厚焼玉子」が給食に……卵焼きにでん粉など入れてはいけません

あらら、これはスキャンダル:
asahi.com(朝日新聞社):事故米混入の「厚焼玉子」、姫路、鳥取でも給食に - 社会: "姫路市は同日、「五目厚焼玉子」「関西風手づくり厚焼玉子」など4種類を市内21の小中学校で計約3万4千食(05年4月〜07年12月)出したと発表した。同県福崎町も、卵焼き2種類を計17の小中学校と幼稚園、保育所で計約1万400食(05年4月〜06年12月)提供。赤穂市も約30の小中学校や幼稚園などで計約1万6千食(07年2月〜08年2月)出したと発表した。"
卵焼きに「でん粉」なんか入れてはいけません。

もともと卵は「物価の優等生」で今や高いものではない。食い物がバカダカイ日本で生活していても、国際価格で買える卵と鶏肉を食べている以上、ノーソン利権集団に搾取されることにはならない。それなのになんで玉子焼きにでん粉なんか入れて増量するのか?

それにはちょっと説明がいる。昔は卵は高かった。鶏肉も高かった。牛肉よりも高い貴重品であった。だから量を増やすためにやむなく小麦粉を入れて誤魔化したのである。しかし、やがてそれが習慣となり、でん粉入りの玉子焼きの味に慣れた国民は、その必要性がなくなった今もでん粉味を求めるようになってしまったのだ。イギリスのパン粉入りソーセージみたいなもんかな。

日本の養鶏業は、昭和30年代に民間企業の新規参入と、それがもたらした技術革新のおかげで生産性が格段に上昇した。ところが牛肉については全く生産性の向上がなされなかった。おかげで鶏肉と牛肉の値段が逆転したのである。混ぜものを入れないのが基本であるはずのハンバーガーにタマネギやパン粉を入れるのも牛肉の値段が高いため。でもテレビの料理番組では混ぜものを入れる方がうまいという。なげかわしい。

「シンプル・ライフ」とは「シンプル・フード」から始まる。「シンプル・フード」とは、混ぜものやゴテゴテした味付けをしないことが基本だ。「地産地消」なんかではなく、そんなことを教えるのが「食育」ではないのか?

9/22 Today 大納言・伴善男が大極殿・応天門への放火の罪で伊豆へ配流(866)

平安の世間を大騒ぎさせた大事件はかくして一件落着となりました:
応天門の変 - Wikipedia: "9月22日、朝廷は伴善男らを応天門の放火の犯人であると断罪して死罪、罪一等を許されて流罪と決した。伴善男は伊豆国、伴中庸は隠岐国、紀豊城は安房国、伴秋実は壱岐国、伴清縄は佐渡国に、またこれに連座した紀夏井は土佐国、伴河男は能登国、伴夏影は越後国、伴冬満は常陸国、紀春道は上総国、伴高吉は下総国、紀武城は日向国、伴春範は薩摩国に流された。また、この処分から程無く源信・藤原良相の左右両大臣が急死したために藤原良房が朝廷の全権を把握する事になった。"
この大事件の発端から結末まで、伴大納言絵詞に手に取るように描かれている。すごく面白くできた「マンガ」。



でも、伴大納言ほかの関係者全員は、検非違使による過酷な拷問にも拘わらず、最後まで自白をしなかった。だいたい自分で作った応天門に火をつけるわけがない。どうみても藤原一家による陰謀。大伴一族は被害者なのである。でもこのマンガ(伴大納言絵詞)による宣伝のおかげで国民はいまでも伴大納言が犯人であると信じている。マンガの読み過ぎはこわいな。

西行はこういった国家権力のイヌそのものの検非違使で働くことに嫌気がさして出家をしたのではないかと思う(新説)。

2008年9月21日日曜日

9/21 Today フェノロサが死ぬ (1908)……ニッポン文化を発見した男

アメリカ人の日本美術研究家のフェノロサ (Earnest Francisco Fenollosa) がロンドンで客死。ハーバード大学哲学科を卒業後、明治11年に来日。東京大学教授として政治学、経済学、哲学を講じた。来日後、日本美術に傾倒して古美術品への見識を深め、独自の日本美術観を展開、当時の美術界に大きな影響を与えた。日本画が今日あるのは彼のおかげとも言える。

当時の日本文化とは外部から「発見」されるものだったのだ。フェノロサは美術の専門家ではなかったことも面白い。世界的に有名な浮世絵コレクターのスポルディング兄弟も素人だった。あまりに専門家になりすぎると、自分の分野がかえって見えなくなると言うこともあるのだ。

たとえば江戸浮世絵についていちばん基本的な学術書といえば、現在でも永井荷風の『江戸芸術論』。彼も美術については素人(絵はうまかったけれど)。荷風も米国とヨーロッパを知り尽くしていたからこそ、江戸を発見できたということなのだろう。

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ジェネラリストは役立たずという昨今の風潮だが、そんなに捨てたもんでもないです。

インターネットでクラシック……「OTTAVA」

日経の夕刊コラムに書いてあった;
Contemporary Classic Station OTTAVA by TBS -About OTTAVA-: "世界の国際都市にあって東京になかったもの、それはクラシック・ステーション。1992年にイギリスで開局した「Classic FM」の大成功を受けて、世界の都市では、次々とクラシック音楽を専門としたラジオステーションが誕生しています。いずれのステーションも、提案するのはクラシックをシンボルとしたライフスタイル。文化や芸術の話題を織り交ぜたクラス感のある番組内容と、クラシックの枠組みにとらわれない自由な選曲スタイルが、高感度な人々の間で親しまれています。

今、最高に格好いいコンテンポラリー・クラシック・ステーションが、東京に誕生しました。
OTTAVAは、国際都市東京から上質で高級感あふれるクラシック音楽を発信します。"
だって。

PodCast もある。これは iPod で聴けるので便利。

2008年9月20日土曜日

9/20 Today サラミスの海戦(BC480)

歴史を変えた戦(いくさ)と言えば、この海戦:
サラミスの海戦 - Wikipedia: "サラミスの海戦(-かいせん、希語:Ναυμαχία της Σαλαμίνας、英語:Battle of Salamis)は、ペルシア戦争最中の紀元前480年9月、ギリシアのサラミス島近海で、ギリシア艦隊とペルシア艦隊の間で行われた海戦。ヘロドトスの『歴史』(第8巻)に詳しい。紀元前480年9月20日ごろ(29日説あり)の明朝、テミストクレスによる訓示の後、ギリシアの全艦艇は停泊地より一斉に出撃した。"
ギリシャ艦隊の大勝利。ペルシャ軍は戦意を失い小アジアに逃げて帰った。

それから2500年。ギリシャはEUの小国に落ちぶれてしまったが、ペルシャ(イラン)はいまだに覇権国アメリカをも脅かす大国。とてもしぶとい。

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(サラミスの海戦の部分だけを読みたいのであれば「下」)

2008年9月19日金曜日

永谷園がテレビで宣伝する「お吸い物スパゲッティー」はイマイチだな

テレビを見ていると永谷園のCMが目に入った。「永谷園お吸い物の素」を使ってスパゲッティーを作るとうまいという。作り方は茹でたスパゲッティーに「永谷園お吸い物の素」を振りかけるだけ。イケメンのタレントがむさぼり食うシーンが続く。食い物に手間暇をかけるのは嫌いなのでさっそく試してみたが大失敗。うまくないのである。

塩辛すぎるのである。一人前の「永谷園お吸い物の素」を一人前のスパゲッティーに加えると、実に塩辛い。永谷園は、テレビでCMを流す前に実際に試してみたのか!

でも、イタリア直輸入のヂュラム小麦で作ったスパゲッティーは、「生」でもうまく食えると言うことを発見。何もソースを加えなくても実にうまいのです! 「永谷園」だけが余分であった。

スパゲッティーは、シンプルな「アーリオ・オーリオ」が一番うまいな。おまけに、これを食べている限り、ニッポンのノーソン利権集団にぼられないで済む。スパゲッティーも、オリーブオイルも、ニンニクも、すべて輸入品だから。